私たちは、おぎゃあと、生まれた時から好むと好まざるにかかわらず、父母との間で人間関係がスタートします。特に赤子の時は、母親との濃密な関係が生む安心感を、無意識のうちに受け入れています。やがて成長するにつれて、母親からの安心感がない環境で、人間関係という、言ってみれば捉えどころのない世界に身を置くことになります。

人間関係は連綿として続き、途絶えることはありません

人間関係の最小は二人です。それは母親の授乳から始まります。そこに父親が加わり、祖父母の愛情あふれる笑顔を眩しいぐらいに感じて、人との接触・関係を深めていきます。
この道は、生を受けた人すべてが濃淡の違いはあっても歩むことになります。

年を重ねるにつれて自我に目覚め、言葉を覚えコミュニケーションが出来るようになると、その関係は爆発的に広がり始めます。気に入る、気に入らない、のデジタル思考には、すでにこの時から芽生えているのです。

そしてその延長線上に、好き、嫌い。善、悪。甘い、辛いなどを学習し、徐々にではありますが、人間関係を学んでいくのです。幼稚園や保育園に行く頃には、団体活動に身を置くようになります。そこでは、わがままに代表される自我が必ずしも通用しないことを学び、誰が味方で、誰が敵かの分類をするような知恵もついてきます。

その時は人間関係とは思わなくても、誰もが通過する道を歩んでいるうちに、必然的に人間関係があることを学習します。
そして、もの心がつく頃になると、自分自身もその坩堝の中に落ち込んでいることに気がつき、人間関係に囚われ、神経質の人はやきもきしている自分の存在を気に病むこともあるのです。

でも、考えて見てください。人間関係は人間がこの世に生を受けてから連綿として続いているのです。その間、全ての人がそのことの中心にいたことは間違いありません。全ての人が通った道なのです。

そう考えると、人間関係を気に病んでいるのは自分だけでなく、全ての人が気に病むことはないとしても、同じような環境に置かれていることを思い浮かべると、少しは気分が和らぐのではないでしょうか。

とはいっても、人間関係は日生活に大きな影を落とすことは言うまでありません。そこで、人間関係の最大公約数を浮き彫りにして、せめて自分だけでも、場合によっては他の人を巻き込んで、人間関係のあり方を考えて見たらどうでしょうか。

人間関係は、人間の感情がある限り永遠です

インターネット、SNSの時代、人々が直接フェイス ツウ フェイスで向き合うことが少なくなっています。これには一長一短があります。
例えば、核家族化が進み、子供は都会に出て、両親は二人だけで地方に住んでいる例はいくらでもあります。そして、その子供は結婚し子供が生まれます。地方にいる両親からするとお孫さんが出来たことになります。

会いたくてもなかなか会えないのは昔も今も変わりませんが、ところが今では、お孫さんの日常を赤ちゃんの時から映像で収め、それをインターネットで送って両親に見てもらうことが簡単にできるようになりました。

直接会わなくても両親からすると、お孫さんの成長の過程が手に取るように分かるわけで、こんな嬉しいことはありません。
しかしながらその分、顔を合わせる頻度がどんどん少なくなっていることも事実なのです。

次に、会社での人間関係はどうでしょうか。上司との関係、同僚との関係、外部の取引先との関係、ここでもインターネットやSNSの影響が出ています。社内メールやテレビ会議、情報のやり取りはすべてインターネット、電話を使う頻度が減るだけでなく、顔を合わせる頻度も減ってきております。

これまでだったら、人に顔を向け呼吸音や鼻息を聞いたり、汗臭い臭いを嗅いだりするシーンが見られましたが、今では、それも少なくなりパソコンやスマートフォンの画面を見る時間が増えています。

必然的に、メールやSNSで仕事が出来ることが前提になると、顔合わせも時候の挨拶など表面的な場面が多くなり、コミュニケーションのスタイルが一変、当然のことながら人との接触時間は減ることになり、その分だけ人間関係は希薄になります。

しかしながら、顔を見合わせ、息遣いを感じ、アイコンタクト、眼の奥にある魂、笑顔、そして、肌の触れ合いは永遠に消えることはありません。どんなに時代が変化しようと、人間関係は続きます。

それは、人間が感情の動物だからです。これよりそれを見て行くことにいたしましょう。

人間関係がうまくいかない人の特徴

ここからは人間関係に悩んでいる人達の特徴をいくつか簡単に紹介していきたいと思います。人間関係に問題を抱えているという自覚のある人は是非、ここで紹介する特徴が自分に当てはまるかどうかチェックしてみてください。あるとすれば要注意ですよ。

空気が読めない

いやゆるKYと呼ばれるような、周りの空気が読めない人は大抵の場合、人間関係に苦労する傾向があると言っていいでしょう。このような人達は人が感じるその場の心地よい環境を簡単に壊しやすく、その場に一緒にいる人達までも不快な気持にしてしまうので、周りの人から敬遠され、一緒にいたいと思われなくなるのです。

ちなみに、こうした空気の読めない人のほとんどが自分が周りの空気を壊していることに気づけていないという問題を持っており、このような特徴を治すことが非常に難しいと言われています。ちなみに、最近ではこの様な症状を強く持っている人には発達に関する病的な問題があるとも考えられるようになってきているようです。

寛容でない

人間関係はある程度の寛容な気持ちが要求されます。人間関係を維持していく上では自分に関係する人達の良い部分だけでなく、自分にとって不快と感じられる要素もしっかりと我慢し、それを受け止めてあげる必要があるのです。

しかし、相手の悪い所が見つかるやいなや、その相手への態度を変えたり、それを激しく非難したり、はたまた相手を遠ざけるようになったりしてしまう人達もいます。こういう人達は当然人間関係をうまく維持することができないのです。

自己中

自己中な人も当然、人間関係に困る人達と言っていいでしょう。彼らは、人間関係において常に自分のことばかり考えて、相手のことについてほとんど考えることがありません。そうなれば、必然的に人間関係を作っていくなかで問題が生じます。

例えば、人の話を聞かずに自分の話ばかりして、相手を不快にさせたり、自分の感情で相手との約束を平気で放棄してしまうなどは、自己中な人にとても多い行為と言えます。

八方美人

八方美人の様に誰に対しても中途半端にいい顔をして、一人一人に対して心の籠った交流ができない人も人間関係をうまく構築することができない人達と言っていいでしょう。彼らは人から嫌われることはありませんが、人から親友や深い関係になろうとは決して思われないような人達なのです。

彼らは自分が人から嫌われること極度に恐れて、関わる人達に対して当たり障りのない程度の上っ面の友好的態度しか示すことができず、本当に大切な心の通ったコミュニケーションをすることができず、自然に深い人間関係を作れなくなってしまうのです。

ネガティブ思考

いつもネガティブな考え方ばかりしていて、一緒にいる人までも暗い気持ちにさせてしまう人達がいます。こういうような人達も周りの人から敬遠される傾向があり、人間関係に困る人達と言っていいでしょう。そもそも、彼らは人とのコミュニケーションに対して非常に消極的な部分があり、自分から人と深い人間関係を作っていこうとはあまり考えないのです。

そのため、自然に人を寄せ付けない雰囲気を作る上に、自分から積極的に人間関係を作っていかない彼らは非常に人間関係において問題を抱えやすいのです。

計算高い

変に計算高い人達も人から敬遠される傾向があります。彼らはいつも自分の利益を追求するあまり、関わる人までも自分の利益のために有効に利用しようとする傾向があるのです。そのため、人から信用されず、不信感を持たれたり、そのアザトサで人を非常にイラつかせてしまうのです。

人間関係は計算で作るものではなく、互いのコミュニケーションを通して自然に作られていくものなので、やはり人為的に人間関係を操作しようとする彼らは、嫌われてしょうがないかもしれません。

不潔

人間としての性格がまともで問題が無くても、その見た目における問題があまりにひどいと、人から距離を置かれてしまう傾向があります。ここでの見た目とは顔立ちや体系というレベルのものでなく、その人が出している全体的な清潔感のことです。

この清潔感の崩壊は、人を物理的に遠ざけてしまい、人間関係の発展への障害となってしまうのです。例えば、体臭がひどかったり、服装が汚らしかったり、髪の毛がぼさぼさだったりすると、清潔感は崩れてしまうので、気を付けるようにしましょう。

常識はずれ

非常識な人も人間関係を円滑に築き上げることに苦労する人達と言えます。彼らは人間が社会の中で受け入れるべき、暗黙的に示された共通認識(ルール)においての意識が非常に薄く、それを破る傾向があります。

そのため、一緒にいる人に嫌悪感を与えたり、非社会的な人間に思われたり、人としてどこかおかしい人であると考えられてしまうのです。例えて言うのなら、並んでいる列に平気で横入りしたり、タバコをポイ捨てしたりするなど社会的ルールを乱すようなことを平気でできてしまうような人達のことです。

人間関係の基本

個の尊重

人って面白いもので、あなたが相手を見ているように、相手もあなたのことを見ています。初めて会った時の印象をお互いに持ちつつも時間が経過すると、最初の出会いの印象は、そのまま残っている場合もありますし、かなり変わっていることもあります。

でも、これって当然のことで、それを乗り越えるところ、つまり、人間ってそういうものだと理解している相手は、相変わらずの人間関係を続けてくれますが、そうではない相手は違う視線を持って、あなたに対応をするになることがあります。

しかしながら、個人対個人の関係の場合、お互いの中に個人の尊厳性を尊重する姿勢、態度があれば、最初の出会いの時の印象、インパクトと違っても、人間関係を壊さずに維持することが可能になります。

なぜなら、あなたが相手からして欲しいと思うことは、相手もあなたからそうして欲しいと思っているのです。その視点に立てば、というよりは、私たちは常にそう考えるセンス・原則を持っているので、個の立脚点に対して応えてあげることが出来れば、相手も同じようにあなたの個の立脚点を認めるような態度をとるようになるでしょう。

仏教用語に因果応報という言葉がありますが、これはよい行いをすれば報いがあり、悪い行いをすれば、同じように悪い報いがあることを言っています。今では、どちらかというと、悪い例に使われるほうが多いようですが、個の尊重に関しては、あなたが相手の個を尊重する態度を見せれば、相手も同じようにあなたの個を尊重するような態度を示し、それが大人の余裕がある人間関係を生むことになります。

双方向のコミュニケーション

人間関係の基本にはコミュニケーションが大きく関わっています。相手の言うことをしっかりと聞く耳をもっているか、自分の意見もしっかりと言えているか、話の方向性はどちらが決めるのか、そういう中でお互いの考え方が行き交い、時に相槌を打ち、時に否定をする場合もありますが、そこで馬が合うかどうかが分かります。その上で酒席やイベントに伴に参加すれば、より一層お互いに本音をぶつけ合うことで、コミュニケーションが進むこともあり得ます。

人にはいろいろなパターンの人がいます。それだけに同じコミュニケーションンお手法が誰にでも通用することはありません。
例えば、自分の意見に拘り、他人がどう思うかは気にせず、すぐに口に出す人もいれば、饒舌で細かいことに拘り、長々とした議論好きで、どうでもいいようなことを飽きることなく話す人もいます。

また、対立を好まず、良い人間関係を築くために、コミュニケーションを大事にし、相手から反対されたり、嫌われたりすることは言わない人もいますし、さらに、自分の考えを曲げないで、相手に自分の考えを押し付けたり、他人より頭がよく、有能だと思ったりしている人もいます。

中には人に好かれたいと思ったり、他人との対立を好まなかったり、思いやりを見せつつ、相手に好印象を与えようとする人もいます。

このような多様な人たちに対して、どのようなコミュニケーションを取るのか、そして人間関係をどう築いていくのか、そのこと一つひとつが次に待っている、新たな人間関係の構築に繋がって行くので、まずは相手を知ることが大事になります。

次に、人間関係と相手を知ることについて説明いたしましょう。

聞き上手

相手を知ることでポイントになるのは相手のいうことに対して、聞く耳を持つことです。これは人間関係を前進させる大きな力になります。

というのも、コミュニケーションを邪魔するものとして、怒りや、興奮、そして、退屈そうにして話を聞かないことがあります。また、相槌をうつことなく話を遮ったり、攻撃したりすることもあります。こうなると良好な人間関係を築くことは難しくなります。

したがって、人間関係を構築するのは相手のいうことに対して耳を傾けることが大事になります。
例えば、人間は誰でもそうなのですが、話をしたい時に、相手が喜んで聞いてくれると嬉しく感じるものなのですね。

その際に、言葉を聞くのは当たり前ですが、ここでは相手の感情までを聞き出します。要は、相手をよく知るということです。人間関係を作るには直接相手の呼吸音を聞くこと、肌で感じること。それが出来れば、コミュニケーションが進みます。

例えば、相手を大切にしようとする態度が感じられるという気分にさせると、それだけで、相手のあなたに対する印象が変わり、関係を持ちたいと思うかも知れません。

相手に関心を抱いていると思わせる聞き方も、相手が自分を知って欲しいと思っている証ですので、これに対してもしっかりと対応することで、関係がよくなる可能性があります。

また、あなたが相手の話を聞く姿勢を見せれば、相手もあなたの話を聞こうとします。
こうしたことを通じて、相手のことを知ることが大事になります。それが出来れば、あなたと相手の距離は相当短くなるはずです。人間関係を構築するには聞き上手になって、相手を知ることです。

誠意の交差

人間関係が長続きする背景には、お互いの誠意が影響していることが分かっています。逆の言い方をすると、お互いの誠意の存在が人間関係を作っているということになりませんか。そうなのです。お互いの誠意の交差が人間関係を形作っているのです。

インターネットの発達は商流のスタイルを激変させました。その象徴が通販ビジネスです。これに、大型スーパーの参入が地域商店街に打撃を与えています。一方で、消費者側は価格の安い商品が手に入る、わざわざ店舗に行かなくても商品を購入出来るというメリットを享受しています。
このような商流の場にはそれこそ人間関係はありません。便利さと価格の安さだけで成り立っています。

一方で、街中の電器店でも生き残りをかけて、高価格にもかかわらず、しっかりと得意先を守っている店もあります。その理由の一番は、地域に密着した人間関係が根付いていることにあります。

そこには、店側の見せる誠意もありますし、顧客側の見せる誠意も同じようにあります。つまり、価格を超えるサービスと信頼関係が、市場環境とは別次元での価値を生み出しているのです。
誠意の交差はお互いに必要とされているところにあります。

感情のコントロール

私たちの感情が最も揺さぶられるのは怒りの時です。怒る背景には侮辱、不満、対立、非難、困惑、さらには無関心な態度、自尊心を傷つけられた場合など、不本意な扱いを受け、それが場合によっては、身体的、心理的に追いこまれるような事態になることが挙げられます。

そうなると、一気に交感神経が緊張し、震えたり、冷や汗をかいたり、唇が渇いたりします。このような場合、理性的な対応をすることは難しくなり、さらに感情は爆発するような方向に向かいかねません。

それでは、人間関係を築くことはできません。まずは感情をコントロールすることが求められます。頭を冷やし、呼吸を整え、とにかく気分を落ち着かせます。そして余裕を持つようにしましょう。この余裕は相手のことを思いやることから生まれます。

もしかしたら、あなたには関係ないところで、何か心配すことがあって虫の居所が悪かったせいかもしれません。そう思って相手を見ることが出来れば、あなたは立派に怒りの感情を抑えることが出来ます。

とにもかくにも、怒りを気持ちの中に内在させてはいけません。早めの対処が大事になります。逆に相手を怒らせるようなことがあった場合は、自分の気持ちを考えて怒りが収まるように、謝ることで収集を図ります。

人間関係を損なうのは感情のコントロールが出来ずに、瞬間湯沸かし器のように沸騰しないまでも、一瞬の感情が爆発することにあります。いずれにしても、怒りの感情をコントロールできれば、全ての感情も同じようにコントロールできるはずです。

思いやりある行動

相手があなたを判断する場合、多くの場合は言動をベースにするでしょうが、ここでいう思いやりの場合は、相手が判断できないことのほうが多いようです。思いやりは、あるところ自らが積極的に打ち出す必要がありそうです。

そして、人間関係の構築にはこの思いやりが大きな比重を占めます。思いやりを別の言葉で言い表すと気遣いということになるでしょうか。大きい、小さいに関係なく、相手に対して関心を示すことです。

相手はそれに対して感謝の気持ちを見せることになります。それは相手を認めていることですし、常に、自分の傍にいるという安心感を与えます。そして、そのことが人間関係の発端になることがあります。

次なるポイントは、自分のスケジュールに相手を引き込んではいけないということです。仮に相手のことを考えた上で計画を立てたと言っても、それは飽くまでも自分が一方的に立てた計画であって、それが独り歩きをし、必ずしも相手の賛同を得ているわけではありません。

そこに齟齬が生じます。ここでは自分の欲求を通すことに神経を集中するのではなく、飽くまでも、相手が望むことを斟酌するような気遣いが望まれます。そこには、先述の個の尊重で示しましたが、やはり相手を尊重することが必要です。

具体的には、話し合っている最中に、相手の都合を考えないで自分に都合のいい話題ばかりで、相手を無視するようなことをする人がいます。これでは良好な人間関係を作りことはできません。なぜなら、この章のテーマである思いやりのある行動がないからです。

次に、土足で平気で人の心を踏みにじるように入り込んでくる人がいますが、ここでは、親しくなっても相手のプライバシーの世界には入り込まないことが大事です。人は誰でも個人的な詮索をされることに抵抗感を持っています。

それから、これは世の中の噂雀に多いのですが、本人がいない場で、平気で個人的な話題を持ち出す輩がいることです。これは明らかにプライバシーを侵しています。このような場で噂雀の一羽になって話題に興じているようでは、とても良好な人間関係を築くことはできません。

なぜなら、信頼に足る人間とは思われないし、繰り返しになりますが、それ以上にここの章のテーマにそぐわない人間と見られるからです。

オーバーパフォーマンスをしない

調子に乗って、いろいろとおせっかいなことをしたり、言わなくてもいいことを声高に言ったりして、空気の読めない人って、結構多いですよね。例えば、相手を誹謗するようなことを言ったり、皮肉や場を弁えないでブラックユーモアを言ったり、とにかく、大物ぶって余計な言動をする人、あなたの周辺に、こんな人いませんでしょうか。

例えば、本当は知らないのに知ったかぶりをする人。こういう人は、後でばれた際に、変に誤解を与える人だとか、嘘をつく人だとかの烙印を押されることが起こり得ます。

また、変に追従を言ったり、ご機嫌を取ったり、それこそオーバーアクションをするような人。この手の人は、作為的な行動であるがゆえに度が過ぎると、情緒が不安定な人と思われたり、詐欺的素質があると思われたりします。

それから、病的に出来もしないのに出来ると言って、簡単に約束する人がいますが、こういう人は口から出まかせでものを言うと看破され、結果的に信頼を失うようなことになります。

決めつけたり、お説教を長々としたりする人っていますよね。相手を気遣うことなくして、上から目線での物言いは、相手を不快にさせるだけでなく、自分の考えを押し通すことにエネルギーを使い、最終的には、人間関係を損なうような羽目に陥ることがあります。

この手の人は相手と同じ土俵に立てないことから、人間関係が築けなくなるようです。

アイコンタクト

相手がどんな人何かを知りたい時、あなたは何をしますか?いくつかあるのでしょうが、相手の眼を見る人が多いのではないでしょうか。目は心の窓と言いますが、確かに相手が何を考え、何を感じているのかを知りたい時、眼を見ます。特に、感情の表出は実に正直で、眼にすぐにも現れます。

実際に視覚情報は脳に送られ情報処理されて、それが神経を通じて感情が体表面や目に表出されることが分かります。
そういう意味でアイコンタクトを考えますと、相手を自分とを結ぶセンサーと言えるかも知れません。

現に、アイコンタクトで見つめられた人は、相手から大事にされているという感情を持つようで、その上に、自分のして欲しいことを受け容れてくれると感じるそうです。ということは、人間関係に密接する重要なポイントと言えます。

自信があることを思わせたり、能力がありそうだと感じさせたりする場合、アイコンタクトが有用で、なおかつ、信頼性の醸成にも役に立つそうです。そして、相手に対しての積極性の表現にもなっているとのことで、協力を得ることはもちろん、新たな人間関係を築くきっかけにもなります。

特に、初めての相手と握手をする際には、しっかりとアイコンタクトを取ることが大事です。関心を持って接しているかどうかを、眼を見ながらとっさに判断しています。そして、人間関係が築けるかどうかを測っています。

信頼性

信頼という言葉は信、頼に分けられます。信は信ずること。そして、頼は頼ることです。そこで、この二つの意味合いをもとに、信頼の背景を考えてみることにします。そこには何があるでしょうか。真っ先に浮かぶのは信用できる、信じることが出来るということ。そして、次に正直、誠実と続きます。どれをとっても人間関係には大事なものばかりです。

あなたが相手に正直であること期待するとしたら、相手もあなたに正直になることを期待するものです。ですが、往々にして自分には甘く、相手には結構厳しい見方をします。
信頼をされるのには正直だけで済むものではありません。そこに出てくるのが頼りになることです。実際に頼りになる人って、言動だけでなく言ったことは行動に移すことで、信頼性を勝ち取っています。

それから相手があなたに信頼感を抱くのは、これまで通りあなたが正直でいることを全うしているかどうかに関わっています。そう感じる相手は、あなたの正直さが自分だけに向いた態度なのか、それとも、あなたの周辺にいる人にも向けられて態度なのかを、しっかりと見ています。

あなたに期待する中には、そういう公平感のセンス、変わらない正直さをも期待しているのです。

すでに人間関係が築かれている相手は、あなたは約束したことを有言実行することをよく知っているので、仮に約束を守らなかったとしたら、相手は落胆をするだけでなく、あなたに対する信頼感を失うことになります。

信頼することの裏側には、期待に応えてくれる、手を貸してくれるという相手の思いが詰まっています。それを裏切られるようなことになると、思いが強いだけに悲しくなり、人間関係にひびが入ることもあります。

このように約束したことを実行するかしないかは、人間関係にヴィヴィッドに影響をしますので、自分のことを過信して、出来ないことを出来るということにならないように、戒めることが大事になります。

そういう信頼感ですが、実際にはどのように築かれていくのでしょうか。大きいことがいきなり登場するのでなく、小さなことの積み重ねが続くことで、信頼感のグレードを上げ、期待値を高めることに繋がっていきます。

相手もあなたも、私たちは深い信頼感あふれる好ましい人間関係にあると、思えるような関係は、一朝一夕ではできあがりません。そこには、お互いが認め合う信頼に足り得る、行動・行為の実践がそうしていると見られます。

信頼という言葉の字義をもう一度思い出してください。信じられる。頼りにされる。この言葉を何回も復唱して、焦ることなく相手を見つめ、もっとよく知ることが大事です。

謙虚さ

ここに挙げた言葉、態度、行動・行為に謙虚さを掛け合わせると、そこにもたらされる答えは控え目という言葉です。つまり、人間関係に必要な謙虚さを意識すれば、控え目ということを前面に打ち出すことが望まれます。

なぜなら、控え目に隠れたイメージの中に利己的というイメージがないからです。もし、控え目の中に利己的なイメージがあるとしたら、それは明らかに自分の利益を意図したもので、その発想自体、持った時点で、控え目とは言えなくなります。

例えば、いつも利己的な思考で物事を捉えようとする人は、相手からの欲求に対して聞く耳を持ちません。その上始末の悪いことが起きるとしたら、相手の犠牲を厭わないような態度をとることです。

自分の都合のいいことには首を突っ込むが、都合の悪いことには知らん顔をしてほっかむり、なんていう人結構いますよね。相手への配慮よりも、自分の利益を最優先にしているからです。こういう人の辞書には控え目という言葉はありません。

そのような視点で控え目を口にしてみてください。謙虚ということばが頭に浮かぶぐらい繰り返してください。傲慢さや、虚栄、うぬぼれ、自意識過剰などの言葉薄れてくるようになります。そうすることで、相手に対して常に控え目で、感情的にも精神的にも、落ち着いた態度を持てるようになります。

心がける

人間誰しも、いい時もあれば、悪い時もあります。そういう時に、相手の不安や緊張を除き、笑顔を浮かべる余裕が出来るように、ユーモアには多くの場面で人を和やかにする効能があります。

例えば、相手が落ち込んでいる時にタイミングよくユーモアが出た場合、相手は笑顔を浮かべるかもしれません。一時の緊張状況から脱出を図り、それを機にして立ち直りを見せるチャンスにすることも考えられます。

そうすることができるように心がけることが、人間関係を円滑に進めるのに大事なポイントになります。それは、相手に対して関心の度合いが高い証明になりますし、心がけることが、あなた自身が相手の役に立っているという満足感も得られます。

言葉のかけ方ひとつで印象も変わるし、それは感情にも影響を及ぼします。例えば、前向きな言葉をかけたとします。どうなるでしょうか。やはり、関心の度合いが高いことの証明になりますし、その上に、相手に対して熱意ややる気を引き出すことが期待できます。

いい人間関係があるからこそ、前向きな言葉、つまりポジティブシンキングが出来るような言葉を心がけることで、相手を鼓舞することが出来ます。つまり、人間関係がある相手のために、努力することを心がけることで、よりよい関係論が一層進むことになるでしょう。

人間関係には褒めることも重要です。またまた誰しもという言葉を使いますが、誰しも、褒められると嬉しいものです。だからと言って、むやみやたらに褒めればいいものではありません。ではどうすればいいのでしょうか。それは、相手が一番褒めてほしいところを見出すことです。

心がけることは、わざとらしく押し付けるようにならないように褒めることです。あなたの相手になる人ですから、もしかしたらシャイかもしれませんよね。そういう人には、それとなく握手をしながら、アイコンタクトをとりながら、さりげなく褒めたほうがいいかも知れません。

例え良好な人間関係が維持されているとしても、あなたがミスを犯したのならすぐに謝るようにしなければなりません。ほんの一言が言えないことで、世界が変わってしまうこともあり得るのです。

心の底から素直に謝ることは、たとえミスをしたとしても、相手は許してくれるものです。ところが、謝るタイミングを逸したり、言葉足らずだったりすると、相手の印象度が大きく変わってしまいます。それから、タイミングはベストだとしても、内容が伴っていなければ意味がありません。

問題になるのは責任回避を意味するような謝罪です。これは謝罪になっていません。釈明だったり、言い訳だったりするもので、心からの謝りとは見なされません。
心がけることは、謝ると決めたら逃げたり隠れたりはしないことです。そして、すぐに実行します。

そうすれば、これまでと同じように人間関係は続くでしょう。
いずれにしても、相手のことを思って心がけるのであれば、以上のようなことを参考にしてみたらどうでしょうか。

まとめ

長い付き合い、いい人間関係があってもひょんなことから崩れてしまうことがあります。不用意な発言であれば、少しは戻すことが出来るかもしれませんが、決定的な言葉や態度が破壊現象を起こすこともあります。

これは慣れからくるもので、気遣いがおろそかになることが理由です。自分なりにいい人間関係が出来ているから、多少のわがままな行為があっても許してくれると錯覚しているようですが、実は、相手は気づいていて我慢をしているだけかも知れません。

しかしながら、人間がこの世に生を受けてから、星の数を見るように天文学的な人間関係がありました。それは、今も連綿として続いています。
時代時代、私たちの先輩は、人間関係に同じような悩みを持ちながら生きてきました。でも、自分なりの考え方で、結論を出してきたのです。

人間関係のあり方には正しい解答はありません。ですが、私たちが生きて行く上で大切にしなければならない事柄です。
あなたなら、どう考えるのか。急いで結論をだす必要はありませんが、思い悩んでみることもいい経験になりそうです。